特定秘密保護法を検討した有識者たちの責任を問うべき

monmojimoji:

 特定秘密保護法(秘密保全法)の検討はですね、「政府における情報保全に関する検討委員会」というところがあって、そこから「秘密保全のための法制の在り方に関する有識者会議」というところに審議が依頼され、都合6回の会議を開いておるのです。当時、民主党政権だけど、官僚支配下で進められたプロジェクトだから、自民党政権と連続してるよね、多分。

 で、その有識者会議の参加者たちです。

  • 縣 公一郎 早稲田大学政治経済学術院 教授
  • 櫻井 敬子 学習院大学法学部 教授
  • 長谷部 恭男 東京大学大学院法学政治学研究科 教授
  • 藤原 靜雄 筑波大学法科大学院 教授
  • 安冨 潔…
antifa! 6.16新大久保駅前弾圧救援会: 6・16新大久保駅前弾圧救援会声明

antifa616q:

 私たちは、6月16日(日)、新大久保周辺における在特会(在日特権を許さない市民の会)を中心におこなわれたレイシスト・差別主義者のデモに対するカウンター行動に参加していて、不当に逮捕されたAさんの友人たちです。

モジモジ先生の抗議文。みたいな。: 大阪地検の不起訴決定に対する声明

mojimojiinjail:

昨年12月に私を含む三名が逮捕された事件について、3月28日、私とNさんの不起訴(起訴猶予)が決定したとの報告を受けました。不起訴決定について特に感慨はありません。むしろ、今回の決定に際して、大阪地検の反省のなさ、傲慢さが浮き彫りになっており、改めて日本の刑事司法の腐敗をなんとかしなければならないとの問題意識を強めた次第です。

以下、問題点を整理しておきます。

nagonagu:

U.S. Marine reinforcements wade ashore to support the beachhead on Okinawa, 1 April 1945.
1945年4月1日。米海兵隊は沖縄島に上陸し橋頭堡を築き、米軍は本格的な大日本帝国軍との民衆を巻き込んだ地獄の戦闘を開始する。以来、沖縄の民衆の土地を強奪し基地を造り、敗戦した日本国政府がその土地の地料を肩代わりし、沖縄を陵辱し続けている。
普天間基地は民衆を収容所に閉じ込めている間に土地を接収し造られ、複数回に渡り拡大増設され、1972年の施政権返還時にも土地は返還されず今日に至る。とっとと閉鎖し返すべき。
1945-2013  「沖縄戦」いまだ終結せず

nagonagu:

U.S. Marine reinforcements wade ashore to support the beachhead on Okinawa, 1 April 1945.

1945年4月1日。米海兵隊は沖縄島に上陸し橋頭堡を築き、米軍は本格的な大日本帝国軍との民衆を巻き込んだ地獄の戦闘を開始する。以来、沖縄の民衆の土地を強奪し基地を造り、敗戦した日本国政府がその土地の地料を肩代わりし、沖縄を陵辱し続けている。

普天間基地は民衆を収容所に閉じ込めている間に土地を接収し造られ、複数回に渡り拡大増設され、1972年の施政権返還時にも土地は返還されず今日に至る。とっとと閉鎖し返すべき。

1945-2013  「沖縄戦」いまだ終結せず

The Workers Rose on May Day
or Postscript to Karl Marx

BY AUDRE LORDE

Down Wall Street
the students marched for peace.
Above, construction workers looking on
remembered the old days
how it was for them
before their closed shop white security
and daddy pays the bills
so taught their the hardhats climbed down girders
and sons a lesson
called Marx as a victim of a generation gap
called I grew up the hard way so will you
called
the limits of a sentimental vision.
When this passion play was over
and the dust had cleared on Wall Street
500 Union workers together with the police
had mopped up Foley Square
with 2000 of their striking sons
who broke and ran
before their fathers’ chains.
Look here Karl Marx
the apocalyptic vision of amerika!
Workers rise and win
and have not lost their chains
but swing them
side by side with the billyclubs in blue
securing Wall Street
against the striking students.
(1973)

onechace:

@noiehoie @kdxn 野間&ノイホイ http://t.co/T7VPcd1AKf

onechace:

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七・七集会における華青闘代表の発言

 七・七人民大集会において華僑青年闘争委員会の代表が行った発言の要旨を次に掲載する。これはメモから再生したものなので不正確であることを免れないが、文責はすべて編集局にある。

 本日の集会に参加された抑圧民族としての日本の諸君!

 本日盧溝橋三十三周年にあたって、在日朝鮮人・中国人の闘いが日本の階級闘争を告発しているということを確認しなければならない。芦溝橋三十三周年の問題と、在日朝鮮人・中国人の問題とは密接不可分であり、日本人民はそれを知るべきである。諸君は日帝のもとで抑圧民族として告発されていることを自覚しなければならない。

 今日まで植民地戦争に関しては帝国主義の経済的膨張の問題としてのみ分析されがちであったが、しかし日本の侵略戦争を許したものは抑圧民族の排外イデオロギーそのものであった。

 今日、日・朝・中人民が分離されたかたちでマルクス主義が語られており、日本国家権力と日本人民、日本国家権力と中国人民、日本国家権力と朝鮮人民という形での分離が存在し、そういう形で植民地体制が築かれてきたが、それは分離したものではない。日本人民は三者の中でどうするのか。抑圧民族という自己の立場を自覚しそこから脱出しようとするのかそれとも無自覚のまま進むのか。立場は二つの分かれている。

 なぜわれわれは、本日の集会に向けての七・七実行委を退場しなければならなかったのか。闘う部分といわれた日本の新左翼の中にも、明確に排外主義に抗するというイデオロギーが構築されていない。日帝が敗北したとき、ポツダム宣言を天皇制が受けたかたちになり、日本人民がそれを避けられなかったところに、日本人民の排外主義への抵抗思想が築かれなかった原因がある。

 七・七集会を日本の新左翼が担うことは評価するが、それをもって入管体制粉砕闘争を怠ってきたことを免罪することはできない。七月三日の実行委員会に集中的にあらわれたように、七・七集会を全国反戦・全国全共闘の共催に使用とする八派のすべてが、入管闘争の一貫した取りくみを放棄しており六九年入管闘争を党派として総括することができなかった。また各派は、なぜ六五年日韓闘争において、法的地位協定の問題を直視しなかったのか。六九年入管闘争を闘っていたときも入管法を廃棄すればプロレタリア国際主義は実現することになるといった誤った評価が渦巻いていた。しかもそれは大学立法闘争にすりかえられ、十一月闘争の中で霧散し消滅し、今年一月、華青闘の呼びかけによってようやく再編されていったのだ。

 このように、勝手気ままに連帯を言っても、われわれは信用できない。日本階級闘争のなかに、ついに被抑圧民族の問題は定着しなかったのだ。日韓闘争の敗北のなかに根底的なものがあった。日本階級闘争を担っているという部分にあっても裏切りがあった。日共六全協にあらわれた悪しき政治的利用主義の体質を、われわれは六九年入管闘争のなかに見てしまったのである。今日の日共が排外主義に陥ってしまったのは必然である。

 われわれは、このかん三・五の「三・一朝鮮万才革命五十一周年入管法阻止決起集会」と四・一九の「南朝鮮革命十周年、全軍労闘争連帯、安保粉砕、沖縄闘争勝利、労学窓決起集会」で声明を出し、その内容を諸君らが受けとめ自らの課題として闘っていくことを要求した。四・一九革命に無知でありながら国際闘争を語るようなことでどうするのだ。

 われわれは戦前、戦後、日本人民が権力に屈服したあと、我々を残酷に抑圧してきたことを指摘したい。われわれは、言葉においては、もはや諸君らを信用できない。実践がされていないではないか実践がないかぎり、連帯といってもたわごとでしかない。抑圧人民としての立場を徹底的に検討してほしい。

 われわれはさらに自らの立場で闘いぬくだろう。

 このことを宣言して、あるいは訣別宣言としたい。

*現在もなお「在日朝鮮人・中国人の闘いが日本の階級闘争を告発している」ことは自覚されていないし、「日本階級闘争のなかに、ついに被抑圧民族の問題は定着しなかった」と言わなければならない。

 じつは僕、しきりに「一九九九年問題」と言っているんですが、これはある意味で戦術的な言い方です。九九年の諸問題は、もちろん、ここに至る長いプロセスがあって、突然に降ってわいてきたわけではないですから、結果だけを論じることはできないのです。ともあれ、僕としては九九年問題の重大性を最大限強調したい。年表で言えば、ここはいちばん太いゴチックにしておかないとまずい。

 それも私としての責任であるわけです。ほかの人たち、表現者、マスコミ、政治家、一九九九年の夏に立ち会ったすべての人の責任を問いたい気持ちもないではないのですが、僕はさしあたり、私個人の身体的年表のなかで私の責任を考えようと思ってるんです。

 象徴的には、この年の第百四十五通常国会で成立した「周辺事態法」、「盗聴法」、「国旗・国歌法」、「改正住民基本台帳法」を、私は私の内面との関係でかつてなく重大視している。これらがこの国の短、中期的未来に向けた法制的かつ思想的祖型になることは、私の表現行為にとって耐えがたい圧迫なのです。つまり、これらの国家主義的浸透圧を、私の身体はととても不快に感じている。